MLBの永久欠番42番は、1947年4月15日にドジャースで人種の壁を破ったジャッキー・ロビンソンさんの背番号です。
42番が全球団の永久欠番になった意味を解説。出典:MLB公式、2026年10月20日確認。
1997年に全球団で永久欠番になり、2009年からは毎年4月15日に全選手が42番を着けて試合に出ています。
この記事では、42番の意味、ジャッキー・ロビンソン・デーの歩み、30球団の永久欠番の一覧、ドジャースの永久欠番、そして大谷翔平さんの17番との関係が分かります。
「永久欠番なのに、なぜ全員が42を着ける日があるの?」
その答えを、順番に見ていきましょう!
42番の意味|MLB全球団の永久欠番になった理由

MLB公式のジャッキーさんの人生の10の場面によると、ロビンソンさんは1947年4月15日、ボストン・ブレーブスとの開幕戦に一塁手として先発し、黒人選手として近代のメジャーで初めて試合に出ました。
この日は3打数無安打でしたが、7回に相手の悪送球で出塁して同点のホームを踏み、ドジャースは5対3で勝っています。
同じ記事によると、ロビンソンさんは1年目に打率.297、29盗塁でナ・リーグの盗塁王になり、新人王に選ばれました。
その新人王は、1987年にロビンソンさんの名前を冠した賞に改められています。
1949年には打率.342でリーグ1位になり、ナ・リーグのMVPにも輝きました。
そしてデビューから50年たった1997年、MLB公式のジャッキー・ロビンソン・デーのページのとおり、42番はメジャーの全球団で永久欠番になりました。
MLB公式の各球団で最後に42番を着けた選手によると、全球団で永久欠番になった背番号は、42番が最初です。
MLBの永久欠番は、ふだんは球団ごとに決めるものです。
42番だけは、どの球団に入っても誰も新しく着けられない、リーグ全体の永久欠番になっています。
メッツ公式の永久欠番のページによると、1997年4月15日の記念の式典はニューヨークのシェイ・スタジアムで開かれ、ロビンソンさんの妻のレイチェルさん、当時のバド・セリグコミッショナー、当時のビル・クリントン大統領が出席しました。
ただ、そのとき42番を着けていた選手は、引退するまで着け続けてよいという決まりでした。
最後の1人になったのが、ヤンキースのクローザーだったマリアノ・リベラさんで、2013年に引退するまで42番を背負い続けました。
このように、MLBの42番の永久欠番の決まりには、すでに着けていた選手への配慮も入っていたのですね。
筆者は前職の記者時代、記念日の式典の原稿を何本も書きましたが、ひとつの背番号がリーグ全体の約束になった例は、ほかに思い浮かびません。
リベラさんが1997年から2013年まで16年も42番を守り続け、最後の1人になったと知ったときは、胸がじんわり熱くなりました。
あなたも、背番号ひとつにこれほどの歴史が詰まっているとは、思っていなかったのではないでしょうか?
ジャッキー・ロビンソン・デー|MLBの42番を全員が着ける日

MLB公式のページによると、MLBは2004年から毎年4月15日をジャッキー・ロビンソン・デーとし、2009年からは全選手と、グラウンドに立つ監督やコーチ全員に42番を着けるよう求めています。
MLB公式のジャッキー・ロビンソン・デーの名場面トップ10によると、42番の特別着用が全選手へ広がるきっかけは2007年、ケン・グリフィー・ジュニアさんがレイチェルさんに許しを求めて着けたことから始まりました。
当時のセリグコミッショナーがほかの選手にも呼びかけ、2年後には全選手が着ける形になりました。
ここに、永久欠番なのに全員が着けるという、ふしぎな日の答えがあります。
誰も着けられない番号だからこそ、年に一度だけ全員で着けて、ロビンソンさんの一歩を思い出す日になっているのです。
| 年 | 42番とジャッキー・ロビンソン・デーの出来事 |
|---|---|
| 1947年 | 4月15日、ロビンソンさんがドジャースでメジャーデビュー |
| 1949年 | 打率.342でリーグ1位、ナ・リーグMVP |
| 1972年 | ドジャースが42番を永久欠番に |
| 1987年 | 新人王がロビンソンさんの名前を冠した賞に |
| 1997年 | デビュー50年。MLBの全球団で42番が永久欠番に |
| 2004年 | 4月15日をジャッキー・ロビンソン・デーに |
| 2007年 | グリフィー・ジュニアさんたちが42番を着ける |
| 2009年 | 全選手・全監督・全コーチが42番を着ける形に |
| 2013年 | 最後の42番、リベラさんが引退 |
| 2017年 | ドジャー・スタジアムにロビンソンさんの像 |
| 2026年 | デビュー79年。全員がドジャー・ブルーの42番 |
2026年のジャッキー・ロビンソン・デーは、デビューから79年の4月15日でした。
MLB公式の2026年の案内によると、この日は全員がチームの色に関係なくドジャー・ブルーの42番を着け、ロイヤルブルーの42のソックスをはき、帽子の横にも42のマークを付けました。
MLB公式の4月16日の記事によると、ドジャー・スタジアムではセンター後方の広場にあるロビンソンさんの像の前で式が開かれ、相手のメッツの選手たちも加わりました。
同じ記事では、ロバーツ監督が、今の自分たちはロビンソンさんが払った犠牲の恩恵を受けている、と語ったことも伝えています。
MLBの42番の日は、記録よりも記憶を受け継ぐ日なのですね。
筆者は毎年この日の朝、コーヒーを片手に中継をつけて、どの選手の背中も同じ42で並ぶ光景に、つい見入ってしまいます。
名前を見ないと誰が打席に立っているのか分からないのに、球場全体がひとつになっているように見えて、毎回鳥肌が立ちます!
私たちファンも、その日だけは背番号ではなく、打ち方や投げ方で選手を見分けようとしていますよね。
各球団の永久欠番|MLB30球団の一覧表

MLB公式の30球団の永久欠番の一覧は2025年2月1日付で、すべての球団の永久欠番を番号と人物で並べています。
下の表は、2026年10月20日に確認した一覧で、MLB公式の基礎資料に球団公式発表とAP通信で確かめた2025年以降の追加を加えています。
2025年以降の追加は、メッツの5番と15番、マリナーズの51番、アストロズの13番、レイズの3番、ヤンキースの52番の6つです。
メッツの15番は2026年9月19日のベルトランさんの式典で追加されました。また、基礎一覧に抜けていたブレーブスの25番も、MLB公式によるジョーンズさんの紹介で2023年9月9日の永久欠番化を確認して補っています。
| 球団 | 永久欠番(全球団共通の42番を除く) | 数 |
|---|---|---|
| ヤンキース | 1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・15・16・20・21・23・32・37・44・46・49・51・52 | 22 |
| カージナルス | 1・2・6・9・10・14・17・20・23・24・45・85 | 12 |
| ブレーブス | 3・6・10・21・25・29・31・35・41・44・47 | 11 |
| ジャイアンツ | 3・4・11・20・22・24・25・27・30・36・44 | 11 |
| ドジャース | 1・2・4・14・19・20・24・32・34・39・53 | 11 |
| ホワイトソックス | 2・3・4・9・11・14・16・19・35・56・72 | 11 |
| レッドソックス | 1・4・6・8・9・14・26・27・34・45 | 10 |
| レッズ | 1・5・8・10・11・13・14・18・20・24 | 10 |
| メッツ | 5・14・15・16・17・18・24・31・36・37・41 | 11 |
| アストロズ | 5・7・13・24・25・32・33・34・40・49 | 10 |
| パイレーツ | 1・4・8・9・11・20・21・33・40 | 9 |
| タイガース | 1・2・3・5・6・11・16・23・47 | 9 |
| ツインズ | 3・6・7・10・14・28・29・34・36 | 9 |
| ガーディアンズ | 3・5・14・18・19・20・21・25 | 8 |
| フィリーズ | 1・14・15・20・32・34・36 | 7 |
| オリオールズ | 4・5・8・20・22・33 | 6 |
| アスレチックス | 9・24・27・34・43 | 5 |
| エンゼルス | 11・26・29・30・50 | 5 |
| ブルワーズ | 1・4・19・34・44 | 5 |
| カブス | 10・14・23・26・31 | 5 |
| パドレス | 6・19・31・35・51 | 5 |
| レンジャーズ | 7・10・26・29・34 | 5 |
| ナショナルズ(エクスポズ時代を含む) | 8・10・11・30 | 4 |
| マリナーズ | 11・24・51 | 3 |
| レイズ | 3・12・66 | 3 |
| ロイヤルズ | 5・10・20 | 3 |
| ダイヤモンドバックス | 20・51 | 2 |
| ロッキーズ | 17・33 | 2 |
| ブルージェイズ | 32 | 1 |
| マーリンズ | なし | 0 |
いちばん多いのはヤンキースの22個で、ベーブ・ルースさんの3番やルー・ゲーリッグさんの4番など、一桁の番号は1番から9番までがすべて永久欠番です。
反対に、マーリンズにはまだ永久欠番がなく、ブルージェイズはロイ・ハラデイさんの32番の1つだけです。
ヤンキースの52番は、AP通信の記事(NBCスポーツ)のとおり、2026年9月にCC・サバシアさんの番号として加わりました。
アストロズの13番は、MLB公式の記事によると、2025年8月にビリー・ワグナーさんの番号として加わり、球団で10個目の永久欠番になりました。
レイズの3番は、レイズ公式のページによると、2026年7月12日にエバン・ロンゴリアさんの番号として加わっています。
日本のファンにとってうれしいのが、マリナーズの51番です。
マリナーズ公式の永久欠番のページによると、イチローさんの51番は2025年8月9日に永久欠番になり、2026年5月2日には同じ51番を着けたランディ・ジョンソンさんの番号としても永久欠番になりました。
ひとつの番号を2人で分け合う形は、ほかにもあります。
ヤンキースの8番はヨギ・ベラさんとビル・ディッキーさんの2人、カブスの31番はファーガソン・ジェンキンスさんとグレッグ・マダックスさんの2人の番号です。
さらに、ヤンキースはリベラさんの42番を、カージナルスはブルース・サッターさんの42番を、全球団共通の42番とは別に球団としても永久欠番にしています。
表にはない形もあり、カージナルスとジャイアンツは番号なしでたたえている人物がいて、フィリーズは2人を番号の代わりにPの文字でたたえています。
MLBの永久欠番の一覧を眺めると、球団ごとに大切にしてきた人の顔が、そのまま並んでいるのが分かります。
筆者は、イチローさんとランディ・ジョンソンさんが同じ51番を分け合っていると知ったとき、思わず声が出るほどうれしくなりました!
みなさんの応援している球団の表には、どんな番号が並んでいたでしょうか?
ドジャースの永久欠番|42番は1972年からの番号

ドジャース公式の永久欠番のページによると、ドジャースは全球団で永久欠番になる25年前の1972年6月4日に、42番を永久欠番にしています。
同じ日に、サンディー・コーファックスさんの32番と、ロイ・キャンパネラさんの39番も永久欠番になりました。
2026年10月20日時点で、ドジャースの永久欠番は42番を含めて12個です。
| 番号 | 人物 | 永久欠番になった年 |
|---|---|---|
| 1 | ピー・ウィー・リースさん | 1984年 |
| 2 | トミー・ラソーダさん(監督) | 1997年 |
| 4 | デューク・スナイダーさん | 1980年 |
| 14 | ギル・ホッジスさん | 2022年 |
| 19 | ジム・ギリアムさん | 1978年 |
| 20 | ドン・サットンさん | 1998年 |
| 24 | ウォルター・オルストンさん(監督) | 1977年 |
| 32 | サンディー・コーファックスさん | 1972年 |
| 34 | フェルナンド・バレンズエラさん | 2023年 |
| 39 | ロイ・キャンパネラさん | 1972年 |
| 42 | ジャッキー・ロビンソンさん | 1972年 |
| 53 | ドン・ドライスデールさん | 1984年 |
ドジャース公式のページは、永久欠番に書かれた基準はないとしつつ、2人を除けば、球団で長く活躍して野球殿堂入りした人の番号だと説明しています。
その2人が、28年間ドジャースに在籍し49歳で亡くなったギリアムさんと、1981年に新人王とサイ・ヤング賞を同じ年に取ったバレンズエラさんです。
今のドジャースの選手や観戦の入口は、ドジャース観戦ガイドで整理しています。
筆者は、42番がリーグ全体より25年も早くドジャースで守られていたと知って、球団の誇りの深さに驚きました。
ドジャー・スタジアムで外野の上に並ぶ番号を見たら、私たちファンもきっと、ひとつひとつの物語を思い浮かべたくなりますよね。
大谷翔平の番号との関係|17番とMLBの42番

大谷翔平さんは、エンゼルスでもドジャースでも17番を着けています。
MLB公式の2023年12月24日の記事によると、ドジャースで17番を着けていたジョー・ケリーさんが番号をゆずり、大谷さんはお礼にケリーさんの妻へ新しいポルシェを贈りました。
同じ記事によると、ケリーさんは、大谷さんが活躍を続けて殿堂入りすれば自分の番号も永久欠番になる、それが自分にとって殿堂にいちばん近づく道だ、と冗談まじりに話しています。
一方で、ジャッキー・ロビンソン・デーには、大谷さんも17番ではなく42番を着けてグラウンドに立ちます。
全選手が42番を着ける決まりなので、二刀流の大谷さんも、その日は打者としても投手としても42番です。
30球団の表を見ると、17番はカージナルス、メッツ、ロッキーズの3球団で永久欠番になっています。
カージナルスはディジー・ディーンさん、メッツはキース・ヘルナンデスさん、ロッキーズはトッド・ヘルトンさんの番号です。
もし大谷さんがこの3球団にいたら、17番は着けられなかったということですね。
大谷さんの背番号の歴代と、17番を選んだ理由は、大谷翔平の背番号の記事で詳しく書いています。
筆者は、ケリーさんの冗談を読んで笑いながらも、いつかドジャースの外野に17番が並ぶ日を想像して、少し胸が高鳴りました。
あなたなら、42番を着けた大谷さんと、17番の大谷さん、どちらの姿を球場で見てみたいですか?
公式記事に記された反応や記録を踏まえ、ファンの気持ちを代弁すると、こんな声になります!
「全員が42番の試合、名前を見ないと誰だか分からないのに泣けてくる」
「42番が全球団の永久欠番だなんて、知らなかった」
「イチローさんの51番が永久欠番になったのは、同じ日本人として誇らしい」
筆者も、どの声にもうなずきながら、来年の4月15日を今から楽しみにしています!
MLBの永久欠番でよくある質問
MLBで最後に42番を着けた選手は誰ですか?
ヤンキースのマリアノ・リベラさんです。
1997年より前から42番を着けていた選手として、2013年に引退するまで着け続けました。
ジャッキー・ロビンソン・デーはいつですか?
毎年4月15日です。
1947年4月15日にロビンソンさんがメジャーデビューしたことにちなみ、2004年から続いています。
永久欠番がいちばん多い球団はどこですか?
2026年10月時点で、ヤンキースの22個です。
全球団共通の42番を除いた数で、2026年9月に加わったサバシアさんの52番を含みます。
大谷翔平さんの17番は永久欠番ですか?
2026年10月時点で、ドジャースでもエンゼルスでも永久欠番にはなっていません。
17番を永久欠番にしているのは、カージナルス、メッツ、ロッキーズの3球団です。
エリカのひとこと
永久欠番の表を作りながら、番号は誰も着けないことで、かえってその人を毎日思い出させる仕組みなのだと気づきました。
42番の日に全員が同じ背中になる光景は、何度見ても、野球っていいなと思わせてくれます!
まとめ|誰も着けない番号を、年に一度だけ全員で着ける
MLBの永久欠番42番は、1947年に人種の壁を破ったジャッキー・ロビンソンさんの番号で、1997年に全球団で永久欠番になりました。
2009年からは毎年4月15日のジャッキー・ロビンソン・デーに、全選手が42番を着けています。
球団ごとの永久欠番はヤンキースの22個が最多で、ドジャースは42番を含めて12個、大谷さんの17番は3球団で永久欠番です。
誰も着けない番号を、年に一度だけ全員で着ける。
その一日があるから、42という数字は今も選手たちの背中で生き続けているのだと思います。
大谷さんとMLBのほかの話題は、大谷翔平とMLBの案内ページから読んでみてください。
永久欠番の歴史を調べたあと、球場に新しい記録が刻まれる話にも目が向きました。
大谷一本【日米野球】の【大谷レジェンド】海まで届く32号特大場外2ラン!日本人初スプラッシュヒットに球場大歓声!は、日本人初の一打を掲げた動画です。
筆者はこの題名にある日本人初という言葉に惹かれました。
42番を通して昔の一歩を知ったあとだと、今の一打もいつか球場の歴史として語り継がれていくのだろうと想像が膨らみます。
あなたも応援する選手の記録を見て、何年後も覚えていたいと感じたことはありませんか?
大谷さんの記録を、残した数字だけでなく、その意味からも考えてみたい方に紹介したい1本です!
▶ 大谷一本【日米野球】 https://www.youtube.com/@OHTANI-IPPON/

コメント