「あの大谷翔平を育てたんだから、よほど特別な家庭なんだろう。」
そう思っていませんか?
筆者も、正直ずっとそう思い込んでいました。
でも、ご両親のことを調べていくほど、その思い込みは静かにほどけていきました。
そこにあったのは、特別な英才教育ではなく、岩手のごく普通の、スポーツが大好きな家族の姿だったからです。
今日はちょうど、アメリカでは父の日。
第2子の誕生で、大谷翔平さん自身も父になったばかりです。
そんな今だからこそ、彼を育てたご両親がどんな人なのか、いっしょに見ていきたいと思います。
大谷翔平の両親はどんな人?父は元社会人野球、母は元バドミントン
まず、大まかな家族構成からです。
大谷翔平さんは1994年7月5日、岩手県の旧・水沢市(現在の奥州市)で生まれました。
報道によると、ご家族は父・母・兄・姉・翔平さんの5人。
翔平さんは次男にあたります。
そして、この家族の特徴は、なんといっても「全員がスポーツに縁がある」こと。
父・徹さんは、元社会人野球の選手。
母・加代子さんは、元バドミントンの選手。
そして7歳上の兄・龍太さんも、元社会人野球の選手だと伝えられています。
この一行を読んだだけで、「あ、そういう家なんだ」と腑に落ちた方も多いのではないでしょうか?
筆者は、世界一の選手の出発点がこんなにも身近なスポーツ一家だったことに、なんだか少しほっとしました。
報道によると、ご両親はともに働きながら、子どもたちのスポーツを支えてきたと伝えられています。
送り迎えに、道具の手入れ、練習の付き添い。
派手なことではなく、毎日をきちんと積み重ねる。
そんな空気の中で、翔平さんは育っていったのですね。
父・徹さんは約7年間の「コーチ」|叱るより問いかける関わり方
ご両親の中でも、よく語られるのが父・徹さんの存在です。
報道によると、徹さんは翔平さんが小学生で「水沢リトル」に入ると、自らコーチを買って出て、のちに監督も務めたとされています。
中学で「一関リトルシニア」に移ってからもコーチを続け、その指導はおよそ7年間に及んだと伝えられています。
つまり翔平さんにとって徹さんは、お父さんであり、長いあいだ「コーチ」でもあった人なのです。
そして、広く知られているのが、父と子で交わしていたとされる「野球ノート」。
その日の練習で気づいたことを書き、お父さんが言葉を返す。
頭ごなしに叱るのではなく、問いかけて、本人に考えさせる。
そんな関わり方だったと語られています。
報道によると、その野球ノートで徹さんが何度も伝えていたのは、とてもシンプルな3つのことだったと言われています。
「元気よく、大きな声を出すこと」
「最後まで、全力で走ること」
「何より、楽しく野球をやること」
難しい技術論ではなく、野球の土台になる当たり前のことばかりです。
世界のトップに立つ人の原点が、この3つだったと知ると、胸がじんとしてきませんか?
「もっとちゃんとやりなさい」ではなく、「今日はどうだった?」と聞く。
これって、野球に限らず、子育てでも仕事でも、すごく難しいことではないでしょうか?
筆者は前職で多くの一流の人を取材しましたが、土台にある人ほど、まわりの大人が「待てる人」だった、という話をよく聞きました。
徹さんの関わり方を知って、その言葉をもう一度思い出しました。
問いかけられて育った子どもは、自分で考える力が身につくと言われます。
言われたからやるのではなく、なぜそうするのかを、自分で見つけていく。
大谷さんが今も、人に言われる前に黙々と準備を続けられるのは、この育ち方と無関係ではない気がします。
家庭でも仕事でも、つい先に答えを言ってしまいたくなりますよね。
「待つ」と「問いかける」は、いちばん難しい愛情の形なのだと、筆者はあらためて感じます。
母・加代子さんと兄・龍太さん、姉|家族みんながアスリート
父・徹さんに注目が集まりがちですが、母・加代子さんの存在も、とても大きいと言われています。
報道によると、加代子さんは小学生からバドミントンを始め、社会人でも選手として活躍した方。
運動神経のよさだけでなく、競技に真剣に向き合う姿勢も、家庭にあったのだろうと想像できます。
さらに、7歳上の兄・龍太さんも、元社会人野球の選手。
現在は社会人野球チーム「トヨタ自動車東日本」で、コーチや監督を務めていると伝えられています。
野球の道で、今も指導者として歩んでいるのですね。
姉もいらっしゃり、まさに家族みんながスポーツに親しんできた一家です。
こうして見ると、翔平さんが自然に体を動かし、競技に夢中になっていったのも、うなずける気がします。
あなたの家にも、「気づいたら家族の影響で好きになっていたもの」って、ありませんか?
環境が人を育てるというのは、こういうことなのかもしれません。
名前「翔平」に込めた由来|父がつけた願い
もう一つ、心があたたかくなるエピソードを紹介させてください。
「翔平」という名前の由来です。
報道によると、この名前は父・徹さんが考えたとされています。
地元・岩手の平泉にゆかりの深い源義経(牛若丸)の「八艘飛び」のイメージから一文字「翔」を取り、平泉の「平」と合わせて「翔平」と名づけた、という説が広く知られています。
空高く、軽やかに翔んでいくように。
そんな願いがこもっていたとしたら、今の大谷さんの姿は、まさにその名のとおりではないでしょうか。
名前は、親から子への最初の贈り物だとよく言われます。
筆者はこの由来を知ったとき、思わず「いい名前だなあ」とつぶやいてしまいました。
両親の教えは、今の大谷翔平にどうつながっているか
では、ご両親の関わり方は、今の大谷翔平さんにどうつながっているのでしょうか。
筆者がいちばん感じるのは、「人としての中身」を大切にする姿勢です。
大谷さんが高校1年生で書いた目標達成シート(マンダラチャート)には、球速やコントロールといった技術だけでなく、「人間性」や「運」が堂々と並んでいました。
あいさつ、ゴミ拾い、道具を大切にする——そんな日々の小さな行いまで、夢の一部として書かれていたのです。
(このシートのくわしい中身は 大谷翔平のマンダラチャートを全解説した記事 で紹介しています。)
叱るより問いかける家庭で育ち、技術と同じ重さで人間性を置く。
その根っこに、ご両親の関わり方があったとしたら、すべてが一本の線でつながって見えてきます。
ご両親は、食事や睡眠といった生活の土台も大切にする家庭だったと伝えられています。
体を作るのも、心を整えるのも、まずは毎日の暮らしから。
その感覚が、今の徹底した自己管理の原点になっているように、筆者には思えます。
そして今、大谷さん自身が、第2子の誕生で父になりました。
かつて父・徹さんが翔平さんを支えたように、今度は大谷さんが、わが子を見守る番です。
(家族については 妻・田中真美子さんを紹介した記事 もあわせてどうぞ。)
育てられた人が、育てる人になる。
そのバトンの受け渡しを思うと、筆者はなんだか胸が熱くなります。
大谷翔平さんのご家庭の話は、ネットでもよく語り合われています。
「特別な英才教育じゃなくて、普通のスポーツ一家なのが逆に驚き」
「叱るより問いかける、うちでも真似したいけど本当に難しい」
「結局いちばん大事なのは、家庭の空気なのかもしれない」
こうした声を読むたび、筆者も深くうなずいてしまいます。
有名な選手の物語というより、つい自分の家庭に重ねて読んでしまうのが、このテーマのいいところですよね。
よくある質問
大谷翔平さんの父親はどんな職業の人ですか?
報道によると、父・徹さんは元社会人野球の選手です。
翔平さんが子どもの頃には、少年野球チームでコーチや監督を務め、およそ7年間にわたって指導したと伝えられています。
大谷翔平さんの母親や兄弟は?
母・加代子さんは元バドミントン選手とされています。
7歳上の兄・龍太さんは元社会人野球の選手で、現在はトヨタ自動車東日本でコーチ・監督を務めていると報じられています。
ほかに姉もおり、5人家族です。
「翔平」という名前の由来は?
父・徹さんが名づけたとされ、源義経の「八艘飛び」の「翔」と、平泉の「平」を合わせた、という説が広く知られています。
由来には諸説あるため、ここでは広く伝えられている内容として紹介しています。
まとめ
大谷翔平さんの両親は、元社会人野球の父・徹さんと、元バドミントン選手の母・加代子さん。
兄・龍太さんも野球の道を歩み、家族みんながスポーツに親しむ一家でした。
特別な英才教育ではなく、約7年間そばで関わった父の「問いかける」姿勢と、家族全体のあたたかい環境。
その積み重ねが、技術だけでなく人間性まで大切にする、今の大谷さんにつながっているように思います。
世界のトップに立つ選手の原点が、こんなにも身近な家庭にあったこと。
それは、子育て中の方にも、何かに挑戦している方にも、そっと背中を押してくれる事実ではないでしょうか。
あなたの毎日の小さな関わりも、きっとどこかでだれかの力になっています。
最後に、最近の筆者のお気に入りを一つ。
YouTubeチャンネル「大谷一本【日米野球】」で、試合前にスタンドの子どもたちへ笑顔でサインやボールを渡す大谷さんのシーンを集めた動画を見て、思わず頬がゆるみました。
あの自然な優しさは、きっとご両親に育てられた人柄そのものですよね。
大谷ファンなら、あの一瞬の表情だけで「ああ、いい人だなあ」と感じてしまうはずです。
気になった方は、のぞいてみてください。
▶ 大谷一本【日米野球】 https://www.youtube.com/@OHTANI-IPPON/
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